大き過ぎる野望
何故か「地道に」に歩むことができない。
今日も散々、スマホでガーシーらの記事を読んでしまった。
木原官房副長官という東大から財務省、今は岸田総理の側近にて、兄はみずほフィナンシャルの社長という華麗なる一族だ。ほぼ同い年でこの差は何?とか考えてしまう。
そんなの、そもそも能力が違うのが一番だし、家柄や環境も違う、比較の対象になる筈もないのに何でそんな事を考えてしまうのか。
その木原氏が、尊大で無礼な人間だとか、愛人がいるとかいう記事を読んで、そうだろう、やはりそういう奴は人間的に問題がある、とかいって溜飲を下げる自分がいる。
そもそも全く知らない人間なのに。
ただ、ガーシーが言うには、そういう記事を喜ぶ中年男子が日本、特に地方に大勢いるとのことだ。満たされない中年男子の悲哀だな。
幸せになりたいのならば幸せになろうしてはならない、
とか、
何かを成し遂げたから(出世とか経済的成功)幸せになれるのではない、(毎日が)幸せだから何かを成し遂げられるのだ、
が正しいと学んだはずだが、それを実行できていない。
このままの状態であと20年過ごしても事態は好転しないと自覚している。
そもそもこの、「大物志向」とでも言うべき思考パターンはどこから来ているのだろう。
・幼い頃、偉人伝が好きで、それらを読んで偉人に憧れた
・少年ジャンプが好きで、闘いの世界を勝ち抜く物語が大好きだった
・大人になってからは、経営者の本が好きでよく読み感化された
・若い頃、ある程度周囲から期待された(君は大物になる、のような発言)のを真に受けた
・バブルに育ち、そんな世の中がずっと続くと思い込んだ
・努力をすれば必ず報われる、と考えていた
でもそれらは幻想で、見事に打ち砕かれた。
解決策は、
頭の中身を書き換えることだ
・「偉人」や「名経営者」と自分は全く違う、と自覚する
→それらの真似をしようとすることを止める(そもそも真似できないし)
経済的成功者やスポーツ選手(特に好きなナダル)に自分を重ねない
・漫画の様な空想の世界を求めない
→ワンピースを読むのを止める
・テレビ(特にスポーツ)、スマホをやめる
・ありのままの自分を受け入れる
これらを実行するだけでもかなり事態は改善するだろう。
簡単そうだが、そうではない。
これらは自分の中で習慣されており、それに抗うのは至難の業だからだ。
ただ、俺には酒とタバコを止めた実績がある。酒を止めないと死ぬと感じたからだ。
上記のことはより分かりにくいことなので厄介だ。
「酒止めた」は他人に対してもインパクトがあるが、
「漫画やめた」とかは生活の些細な一部であり、他人はそこまで知りえないので、他人の反応が得られないからだ。
己自身のことで一番難しい。依存的な要素もあり、尚のことだ。
自分のことに100%集中する。意外にも、これが出来ていないことを改めて自覚した。
今後、「どこまで自分自身を確立し、自分に集中できるか」これが鍵となると感じている。